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プログラミング教育必修化で日本はどう変わるか

293, 2020-02-12

目次

プログラミング教育の必修化

2020年から小学校、2021年から中学校でプログラミング教育が必修化される。
この必修化によって、今後の日本はどう変わっていくのか考えていきたい。

学ぶべき先例はすでにあって、それは日本の英語教育である。
筆者の予想では、日本のプログラミング教育は英語教育と同じ道をたどるだろう。

具体的に見ていきたい。

筆者のスペック

プログラミングを学ぶものに栄光あれ

まずこの記事を書いている筆者のスペックだが、30代の個人Web開発者である。
中学のころからHTMLやCSSなどのマークアップ言語に触れ、20歳を過ぎてからはC言語やJavaScriptなどのプログラミング言語を独学で学んだ。
20代後半からはプロのプログラマー、Webエンジニアとして企業と契約をして働いたり、個人でソフトウェアの開発を請け負ったりしている。
ちなみに私にソフトウェアの開発を依頼したい場合は↓のフォームからどうぞ。

特に20代を過ぎてからは私はほぼプログラミングしかやっておらず、プログラミングの学習がどういうものか痛いほどよくわかっている。
その私から見て、プログラミング教育の必修化がどういう影響を日本に与えるか考えてみたいと思う。

プログラミングの学習とはどういうものなのか

まずプログラミングの学習について書きたいと思う。
私は独学でプログラミングを学んだが、教師からプログラミングを教わる場合も学習の本質は変わらないと思う。

プログラミングの学習の基本はトライ&エラーだ。
人のコードを見て、それをマネて書き、そしてエラーやバグを出して、それを修正する。
そういうったことの積み重ねがプログラミングの学習になる。

これは初学者から上級者まで例外が無く、同じである。
すべてのプログラミングを行う者は、このプロセスを通してプログラミングを学習している。
逆に言うと、これ以外の方法でプログラミングを学習するのは難しいと言える。

特に、バグやエラーに頭を悩まして、あーでもないこーでもないと考えながら修正する作業(これは数時間、数日に及ぶこともある)は必須で、これを行わないとプログラミングは上達しない。
もちろん他人に教わってバグを直すのも大事なことだ。
基本的には最初に自分で考えて、それで考え抜いてもわからない場合は他人に聞く、というのがスタンダードな学習法と言える。

学校はどのようにプログラミングを教えるのか?

現時点では、学校がどのように生徒たちにプログラミングを教えていくのかはわかっていない。
しかし、プログラミングを教えるのだから、コードは書かせるということが推測できる。
プログラミングの周辺知識、つまりITパスポートなどに代表されるペーパーテスト的な知識ももちろん教えるのだろう。

コードを書くということと、ペーパーテスト的な知識をつけることは同じことではない。
これらはそれぞれ関連は持っているが、基本的には独立している。
つまり、ペーパーテスト的な知識は持っていないがコードは書けるという人と、コードは書けないがペーパーテスト的な知識は持っているという人が生まれる。

学校側がどちらを重要視するのかわからないが、ソフトウェアを作れる人間を育成したいならコードを書かせないと駄目である。
英語を話せる人間を育てるには、へたくそでも英語をしゃべらせないと上達しない、という理屈と同じだ。

教師はプログラミングを教えられるか

そして問題はプログラミングを教えられる教師が、必要数いるのかという話である。
特に生徒にコードを書かせる場合は、教師が基本的なプログラミングを習得していないと駄目だ。

たとえば生徒がコードを書いてエラーを出したとする。生徒は先生にどこが悪いのか聞く。その時、先生はそのエラーを解決できるのか? という話である。

プログラミングのエラーやバグ解決というのは、ソフトウェア開発者の必須スキルの1つで、ほとんどこれが全てと言っても良いぐらい重要なものだ。
このスキルはどのようにすれば身に付けられるのかと言うと、毎日のようにエラーやバグと向き合い解決し、経験を蓄えるしかない。

このスキルが教師に身に付けられるのかと言うと、私ははなはだ疑問である。
というのは、このスキルを身に付けるには、毎日のようにコードを書くということの長い年数が必要だからだ。

このスキルを持つ教師を育成するのは、おそらく難しいだろう。
一番手っ取り早いのは、エンジニアを引き抜いて教師に採用することだ。

つまり、現職の非エンジニアの教師は、生徒の出したエラーを解決できないということになる。
そうなるとどうなるかと言うと、生徒は自力でエラーを解決するしかなくなる。

生徒は自力でエラーを解決できるか?

クラス

生徒はエラーを自力で解決できるだろうか?
エラーの種類は千差万別で、多種多様である。
数分で解決できるものもあれば、数日かかるエラーもあるし、解決できないものもある。

このエラーやバグを修正するというのは、かなりの集中力が必要になる。
生徒にその集中力があるだろうか?
ここが才能の分かれ目になってしまうのだ。

集中力が続く、つまりプログラミングに知的好奇心を持っている生徒は、エラーを解決できるだろう。
しかし、知的好奇心を持たない生徒は?
おそらくエラーを自力で解決できない。

プログラミングをする以上、エラーとバグは切っても切れない関係だ。
プログラミングを行うということは、エラーやバグと向き合うということだ。
知的好奇心があればエラーやバグと向き合っていても心が折れないで済む。
しかし、知的好奇心が無い場合は、ただただ苦痛になるだろう。

エラーを解決できる生徒は前に進み、解決できない生徒はプログラミングを嫌いになる。
これは必然と言える。

英語教育の道をたどるプログラミング教育

ここで日本の英語教育を考えてみたい。
日本の英語教育は成功していると言えるだろうか?
20歳を過ぎて英語を話せる人間は、みなさんの身近に多いだろうか?

私の周りには、英語を話せる人間はほとんどいない。
学校の教師、会社員であってもそうである。

英語を話せる人間は相変わらずわずかである。
そして、日本の英語教育を受けた人間は、どちらかというと英語に苦手意識を持っていることの方が多い。
発音が良ければ馬鹿にされ、複雑な文法を暗記しなくてはテストで良い点が取れないのだから当然だ。

私は思う。日本のプログラミング教育は、英語教育と同じ道をたどると。
つまり、プログラミングを出来るようになる人間はわずかで、その他大勢はプログラミングに苦手意識を持つだけだということだ。

苦手意識どころか、おそらくプログラミングを嫌いになるだろう。
取れないエラーやバグに悩まされ、テストの点数のためだけに永遠とパソコンに向かわなければいけない。
そしてStackoverflowにテストの問題を書き、教師にバレて停学を食らい、パソコンを窓から放り投げることになる。

ちまたにはプログラミング学習塾が乱立し、高い月謝を払って入塾したものの、大したソフトウェアも作れるようにならない。

日本のプログラミング教育を成功させるには?

学校にプログラマーを配置するしかないだろう。
プログラミング学習専門のプログラマーを学校に1人から数人雇う。

だいたい多忙な先生方にプログラミング教育を押し付けるのがそもそも暴論なのだ。
ただでさえブラック化している日本の教育現場に、とどめの一撃でも与えるつもりだろうか。

学校に配置するプログラマーは定年退職した老プログラマーでもいいだろう。
とにかく専門的にプログラミングを行っていた者を配置すべきだ。

プログラマーの存在によってエラーやバグを解決できる者が増えて、生徒に助け舟を出せるようになる。

学校にプログラマーを配置できるか

しかしプログラマーはぜっさん人手不足中である。
この解決案は現実的ではないかもしれない。
ただでさえ日本には出来るプログラマーが不足しているのだ。
学校の激務薄給に首を振るプログラマーは少ないだろう。
ということは、先ほども書いたように退職して暇な老プログラマーを雇うしかない。

老プログラマーは生徒に教えられるか?

【壁紙】カフェでくつろぐ老人の背中

意外に思われるかもしれないが、プログラマーというのはコミュニケーションスキルがけっこう求められる職業だ。
顧客に仕様をヒアリングしたり、チームと連携を取り合う必要があるためだ。
そのため生徒とのコミュニケーションは特に問題はないだろう。

問題は、老プログラマーの知識は古くなっている可能性が高いということだ。
COBOLやFORTRANは使えるが、最近の言語はわからないというのでは、教育としてはちょっと困るだろう。
学校がCOBOL使いを増やしたいのなら話は別だが。

日本はどう変わっていくか

これは私の希望も含まれるが、プログラミング教育の必修化によってプログラマーの社会的地位が向上することを望む。
現代の日本のプログラマーは、あまり優遇されているとは言えないのである。
低賃金で徹夜続きで、使い捨てにされる。

しかし、国民がプログラミングの難しさを体験し、プログラミング学習の需要が高まれば、プログラマーの地位も向上するかもしれない。
そうなることを願うばかりである。

それから、ちまたにはプログラミング学習塾が増えていくだろう。
しかし、プログラミングを出来るものは相変わらずわずかである。英語を話せるものがわずかなように。

プログラミングは英語と同様に国民のサブスキルとなっていくが、プログラミングが出来る会社員は大企業に囲われる。
地元の中小企業には、プログラミングに苦手意識……いや、敵意を持つ人間があふれることになる。

プログラミングのサブスキル化は国際的な流れだが、日本はいまいち乗り切れない。
なぜならプログラミングは英語と関連が深いからだ。
最新の技術はいつも英語で発信される。
結果的に英語にもプログラミングにも敵意を持つ国民が増えることになる。

日本はソフトウェアの重要性を認識していくが、それを扱える人間はわずかしかいない。
これ以上は痛々しいのでそろそろ筆をおくことにする。
プログラミング学習者に光があらんことを。

おしまい

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